彼女の父が死んだとき、墓に花を供えに来た彼を恋人の母が見つけた。

 だが、彼女は彼を追い出す事はなく、顔を伏せて小さくつぶやくように発した。

「娘の事は……忘れてちょうだい」

 苦しみに歪んだ彼の顔を見て憎しみは消え、

「あなたが苦しむ必要は無いのよ」と言いたかったのか、憎しみは消える事なく

「娘の記憶を持ち続けて欲しくないから」と言いたかったのかは解らない。

 しかし彼には、その言葉は耐え難いものだった。

 彼女の言葉を確かめる勇気も無く、それから数ヶ月後に彼女は末期癌のため他界した。