蜃気楼

驚いた。



名前を、覚えているなんて。



名乗った覚えはない。



呉壽が自分を呼んだのを聞いていたのだろう。



よくあんな状況下で。



何者だ、こいつ。



架妥は舐めるように、多々良を観察した。



違った?と、多々良は不安そうに問う。



架妥は答えなかった。



「ねぇ。
君の名前は?」



答える必要はない。



どうせこいつはすぐに…。



「どいつだ?」



上から声が降ってきた。



みんなが一斉に見上げる。



長身の男が、太陽を背中に気の上に立っていた。



顔は影で見えない。



「こいつだ。」



言いながら、架妥は多々良を前へ押し出す。



見えていない多々良は数歩よろめいた。