蜃気楼

ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。



「おい、多々良。
お前、愛されてるな。」


「馬鹿言え。
あの人は僕のことを何にも知らない。
お涙ちょうだいの感傷に浸っているだけさ。」


「えらい言い草だな。
お前、機嫌でも悪いか?」


「良くはないよね。」



都合よく自分を捨てておいて、今度はあの態度。



面白いはずがなかった。



まぁ、あの人のおかげで自分は尊敬できる人と出会えたから感謝しなきゃいけないな。



「呉壽、風呂でも入れば?
どうせ、こんな豪華なところを使えるのは今夜限りなんだし、ゆっくりしなよ。」


「お前、ほんっと冷めてるな。
じゃあ、ありがたく。」



言うが早いか、呉壽はさっとすっ飛んで行った。



風呂場から歓声が聞こえてくる。



多々良は本当に興味がなかった。



普段ならあちこち探検したくなるんだろうけど、今はいろいろなものが頭を渦巻いていて、そういう気分にならない。



始終脳内をちらつくのは、架妥と王だった。



母親が自分を捨ててまで選んだ男をみてやろうと、けなす気満々で乗り込んだものを、その気をそがれてしまった。



どこか、都楼を同じような臭いを感じさせる人物。



都楼が聞いたら怒り狂うだろうが、同じような雰囲気を持っている。



あれが、威厳ってものなのかな。



ソファに寝転がりながら、多々良は物思いにふけった。



ちゃんと調べてくれてるんだろうか。



ただの小僧の戯言だとは思われていないだろうか。



風呂場からは呉壽のなかなかうまい鼻歌が聞こえてくる。



それに合わせて自分も歌いながら、多々良は記憶に想いを馳せた。



とろんと瞼が下がってくる。



多々良はその睡魔に身をゆだね、ゆっくりと目を閉じた。