「沙耶ちゃん?」

病院のベンチの後ろから突然聞き覚えの無い声に沙耶は一瞬ビクッとして、振り返る。

服装と持ち物を見てすぐに、桜ヶ丘高校の生徒だと分かった。

派手すぎるわけでも無く、金色のアクセサリーばかりギラギラしているというわけでもない。

栗色の綺麗な髪に、爽やかな笑顔が印象的。

「俺のこと、知ってる?」


入学してすぐに、入退院を繰り返していた沙耶は、彼の顔に見覚えなんて、これっぽっちもなかった。

沙耶はひどく戸惑った。

「分かんない?俺のこと」

「……んー?」

「……沙耶ちゃんの隣のクラスなんだけど…」

鼻筋の通った、整った顔が少し沈む。

「ごめんなさい」

沙耶は、彼のプライドを傷つけたかもしれないと、小さく頭を下げた。

「そっか。いや、いいの。全然大丈夫だよ。全然!……あっそうだ、雪子と弘樹のことも知らない?」

そう言って彼は、携帯に入っている写真を見せてくれた。

彼本人と一緒に写っている綺麗な女の子。

その隣に楽しそうに笑う男の子。

雪子とは学校のどこかで、一言だけだったけれど、話したことがあった。

しかしみんなフルネームを漢字で正確にと言われたら、自信はない。

「本当は、雪子と弘樹も連れて来る予定だったんだけど、あいつら部活忙しいから」

そう言って笑って見せた。

欠席ばかりしていた沙耶を心配して、雪子達が先生から説明を受けたことを沙耶に話した。

「待って、さっきの、もう一度見せて。」

携帯を閉じた彼に、沙耶がねだった。

「……んー。あなたのほうが、ちょっとカッコイイと思う」

沙耶はウソをついたとは、思わなかった。

「うそだぁ、それはないわ、ははは」

整った顔をくしゃっとしながら照れて笑った。

―――彼が、私の初恋の人。

「俺、一年一組、青井優斗。よろしく。」

病院のベンチで、自己紹介を始める彼の不思議な光景に、沙耶はおかしく笑った。

「一年二組、葛城沙耶。これからよろしくね。」


この日が沙耶と優斗が初めて交わした会話。