風に揺蕩う物語

己に刃向う国民は静かに殺し、それをもみ消す手段を持っていた軍部の兵士。そして戦が始まれば、自分の身を守るために躊躇もなく国民を盾にした。

その事実こそが、イクセンの元兵士の居場所を無くしていたのだ。

兵士達は闇に紛れるようにイクセンから姿を消し、エストール王国の領地の山深くに潜伏し、しまいには野盗にまでなれ下がったイクセン国を象徴する卑劣な存在。

それが現在では、エストール王国の領地内の街道などで悪さを起こす集団になっていた。

「イクセンの治安は未だに良くなっていない。現在でも領地に還元しているとは言え、税は3割近い状態だからな。たまに野盗が野に降りる事もあると聞く…すまないなシャロン。お前との約束は未だに果たせていないのが現実だ」

--イクセンの民が安住出来る治水と食糧をご助力下さい

シャロンが願い出た事を、承知したディオスとギルバート。15年が経った現在でもそれが果たせていない事をシャロンは知っていた。

シャロンは当然の様にギルバートの言葉に否定の言葉を述べ、感謝の気持ちを述べる。

野盗が出たのはイクセンの土地を治める領主のせいではないからだ。ただ住めなくなった土地を逃げ出し、自らの意思で野盗になっただけなのだから。

むしろ謝りたい気持ちの方が強い。自らが立ち上がる機会をくれたのに、何の責任も取らずに、無碍に生きている阿呆達の代わりに。

「ときにシャロン。お主に話したい事がもう一つあるのだが…」

イクセンの話が一通り終わり、ギルバートが会話を変えようとした時、兵舎の酒場で会話をしていた二人の耳に、怒号が届く。

シャロンが驚いて思わずその場から立ち上がり、ギルバートはただ怒号の聞こえた方向に視線を向ける。

「ヒューゴ様…」

聞こえてきたのは、ヒューゴがリオナスの名前を叫ぶ声。感情のありったけを込めた様な声音は、不吉な何かを知らせている様だ。

「心配するな。ワシ等はただ待てばよい…ヒューゴ殿を信じよ」

「しかし…」

「あれもヒューゴ殿の優しさゆえの事。ワシが聞かせたいのはまさしくあのような振舞いの話だ…座りなさいシャロン」

シャロンはギルバートの言葉を受け、静かに席につく。その様子を見たギルバートは、優しい表情で語り出した。