風に揺蕩う物語

ヒューゴは少し離れた位置に居たリオナスの目の前まで足を進めると、徐に胸倉を掴み、傍にあった壁にリオナスの体を叩きつけた後、そのまま押しつける。

この時のヒューゴの眼には殺気が満ちていた。身を切り裂く様なその視線にリオナスは思わず息を飲み、恐怖を覚える。

「人の話を聞け。お前はセヴィル将軍との試合で何を見て何を感じていた…試技というのはそれが一番重要なんだ。結果などどうでも良い」

「俺は…」

早くヒューゴの問いに答えないといけない。そうでないと…。

リオナスはこの時、ヒューゴに殺されると本能的に悟っていた。

ヒューゴの眼はそう言う種類の眼になっている。

「セヴィル将軍の間合いと剣先に集中していた。相手の刀の方が間合いが長い事に気づいていたから…」

「それから」

「…それだけです。その後はいかに自分の剣を相手に当てるかを考えていました」

リオナスの問いを聞いたヒューゴはそのまま掴んでいた胸倉を放すと、リオナスと距離を置いて厳しい表情のまま頭を掻く。

「本来お前が言った事は、試合に入る前に完了していないといけない事だ。試合が始まってから間合いを測るのでは遅い。遅いから先手を取られる。調和が崩れるから引いてしまう…リオナス。戦は必ずしも一対一ではない。周りの状況によっては引くことも出来ない事もある…わかるな?」

「はい…その通りです」

リオナスは一度身を切り裂く様な恐怖を感じたのに、不思議と精神が落ち着くようになっていた。リオナス自身は気付いていないが、それは紛れもなく安堵だった。

「経験とはそこから来るものだ。剣の威力や小手先の技術を極めても、真に強い騎士になれる訳ではない。しっかりと相手の力量を見極める。それも自分の力量を比例に出して、正確な答えを見つける事が出来ないとこの先お前は…必ず戦で命を落とす事になる」

そこまで言うとヒューゴは、再度深く深呼吸をすると、平素見せる柔らかい表情に戻した。