風に揺蕩う物語

「現在我が兵士に死傷者はいません。イクセンの兵は大体二百といったところでしょう…ギルバート殿。これはいくらなんでもおかしくないでしょうか?」

ディオスもギルバートと同じ疑問を持っていたようだ。いくらなんでも弱すぎると…。

「うむ…確かにおかしい。剣の振りを見ても素人としか思えないし」

何事も一度口に出してみるものだ。ギルバートとディオスは全く同じ事を思いついた。

「もしやこの兵は…」

「国民だ。イクセンは武器の扱った事のない国民を先兵として送り出しておる」

この時イクセンの国王は、兵力の差を考え、狡猾な手段を選んでいた。

国民に、兵士一人の首と引き換えに報奨金を払うと御触れをだしたのだ。それに住居と豊かな農地も一緒に。

食うに困った国民が多いイクセンは、目の前に餌をぶら下げられると食いつくしか手段がないのだ。それに国王の意向に逆らう様な事をすれば、家族もろとも処刑されるかもしれないという恐怖もある。

ギルバートは生け取りにした敵兵からこの情報を引き出すと、王国軍に指示を出す。

「相手は剣も持った事のない国民だ。この程度の者なら生け取りにするのもさほご難しい事ではない。ランディス陛下はイクセンの国民を保護する事をお望みである。それを各自頭に刻み込み、行動せよ」

流石に歴戦の騎士であるギルバートは、状況の切り替えを行うのが早い。的確な指示と冷静な状況判断。それに一片の曇りもなく国王陛下に忠誠を誓っているので、御意向に背く様な行いをさせない様に徹底している。

その後ギルバート率いる王国軍は、国民を保護しつつ退路を断ち、一月をかけてイクセンを陥落させた。

一月もの歳月を要した原因は、狡猾なイクセン国王の策に嵌った所にもある。

先兵が完全にイクセンの国民だと信じ込ませた後に、本物の兵士を混ぜ、こちらの考えを撹乱させる様な手段をとってきたのだ。

兵の中で動揺が起き、その隙を突かれて一時はたくさんの王国軍の兵士が命を落とす様な事態が起きそうになる。

だがそこはギルバートの補佐であるディオスがその混乱を知略で収める。