風に揺蕩う物語

セレスティアの真っ直ぐ過ぎる眼が僕を捉える。

もう少し近づけばその瞳を通して、自分の姿を見る事も出来るだろう。それぐらい澄んだ眼をしている。

今は僕の姿だけを捉えているこの眼。

だが後1年もすれば、ヒクサク様の姿を寵愛を携えた瞳で捉える様になるのか…。

そこまで考えてヒューゴは、いらぬ雑念を振り払った。

あまりにも身分不相応だ。セレスティアは紛れもなくエストール王国の王女なのだ。王族の婚約は、国の政に利用するのが世の理…。

それに時を待たずして死に行く僕が何に思いを馳せようか…。

僕は腰かけていた椅子から立ち上がり、開け放たれているバルコニーに出てみた。いつのまにか時間は経ち、山愛から除くように佇む夕日が、フォルミス湖をオレンジ色に彩る。

そして少しの時を置いてセレスティアが僕の隣に並び立ち、不安げな表情で僕の横顔を捉える。

「僕は必死に生きようと思うんだ。僕は戦で数多くの人をこの手にかけた…今度は僕の手で多くの人の苦痛を取り払う為に生きてみようと思う」

「ヒューゴ…」

「それに僕は、こう見えてもあのディオス・シャオシールの息子だ。簡単には死なない」

僕は精一杯の笑顔でセレスティアに視線を送った。セレスティアの涙をこれ以上見たくはないし、何よりも笑っていてもらいたいから。

「笑ってよティア。あなたの笑顔は、私に生きる活力を与えてくれる」

セレスティアはヒューゴの言葉に驚きの表情を浮かべる。そしてきつく眼を一度閉じる。そして次に開いた目から見えるのは、慈愛にも似た笑顔を携えたセレスティアの表情だった。

「分りました。私の笑顔を貴方の為に特別にお披露目いたしましょう」

「有難く…」

優しい風がバルコニーに吹き注ぐ。その風を受けたセレスティアの笑顔は、エストール王国の至宝と言われるだけの価値がある代物だった。