風に揺蕩う物語

騎士としての手合いの最後の相手が、グレイスランドの嫡男であるヒクサクというのも天の巡り合わせというものだ。

「それにしてもヒューゴ。どうして退位を申しだしたの?お兄様から突然聞かされて、私とても驚いていたんだけど…ヒクサク様に手合いで負けたからとか言わないわよね?」

当時の事を振り返っていたのはどうやらヒューゴだけではなかったようだ。セレスティアも色々と過去を振り返り、疑問に思っていた事を口にする。

「それは違うよティア…医術に興味が出たのもあるんだけど、一番の理由はリオナスの存在が大きいかな。アイツは剣の筋が良いからさ。僕よりも上に立つ器だよ我が弟は」

嬉しそうにそう答えたヒューゴだったが、その答えを聞いたセレスティアは、少し表情に影を落とした。

「そう…それだけの理由なんだ」

開け放たれているバルコニーから見える景色に視線を送るセレスティアは、そのまま口を噤んでしまった。

この時話を離れた位置で聞いていたレオナは、昔からのセレスティアのお側付きをしていたのでセレスティアの考えが分かってしまった。

そしてヒューゴが、突然不機嫌になってしまったセレスティアに戸惑いを見せている様子を見て、心の中でヒューゴに失念を覚えてしまう。

お若かったから無理もございませんが…もうお忘れになられたのでしょうか。

こう口にだして聞きたかったのだが、今のレオナは空気の様な存在でいないといけない。一介の女官が口を挟むのは憚れるのだ。

「…ティアの御身はこの命をかけてお守り通す」

バルコニーに向けていた視線を、驚きの表情と共にヒューゴに向けるセレスティア。後ろに控えていたレオナも同様に驚いた表情でヒューゴを見ている。

「忘れる訳がないだろ。俺が騎士として最初に交わした剣の誓いなんだからよ」

ヒューゴは忘れてなどいなかった。それどころか、昔の姿そのままの様子で、セレスティアにそう答えてみせた。