風に揺蕩う物語

そんな緊張感が漂う中、伏せていた表情を柔らかいものにしたセレスティアは、優雅な笑い声を上げた。

「特に切羽詰った用事なんか何もないわよヒューゴ。ただ久しく顔を見せないものだから、無理やり呼びつけただけ」

「は?」

顔を上げたセレスティアは、口元に手をやりながらそう話すと、玉のような笑顔をヒューゴに向ける。

「だから一年間も顔を出さない友達を呼びつけただけなのよ私は。ヒューゴもそんな堅苦しい言葉は辞めて…せっかくレオナ以外の女官は下げさせたんだから」

ヒューゴは少し、拍子抜けを食らったような顔をしていた。ヒューゴは少し離れた位置に居るレオナに視線を向けると、レオナの笑顔が返ってくる。

「今の私はただの給仕にございます。お二人の会話は他言致しません」

セレスティアがこの世に生を受けた時からの女官であるレオナは、セレスティアが信頼を置いている女官だ。そしてヒューゴも…。

「いや…でもセレスティア様」

「………」

セレスティアは、かなりご不満がある表情でヒューゴを眺めている。

「…ティア」

「なぁに?」

ヒューゴは昔を思い出すかのように、セレスティアの愛称でそう呼んだ。今度は満足そうに首を傾げながら返事を返す。

「久しぶり過ぎてこう呼ぶのに勇気がいったよ。ホント懐かしい…」

昔を懐かしむ様に言ったヒューゴは、正していた姿勢を少し戻してそういった。

「私もそうよ。ヒューゴが宮中で私の遊び相手をしていた時を思い浮すわ…でもまだ固いわね。もっと砕けた口調だった気がするけど」

「子供の頃は僕も作法を知らなかったから。ティアと別れた帰りによく父に叱られたものだよ…」

ホントに懐かしい。ティアのこの包容のある至高の笑顔はね。

凛とした姿を見せる普段のセレスティア様ではなく、茶目気のある子供の様な姿は…。

「僕って…自分の事は俺と言ってなかったっけ?」

「これはまぁ…意図的に使っているんだよ。今の僕にはこの言葉がよく似合うと思ってね」