風に揺蕩う物語

人知を超えた握力でムーアの渾身の一撃を受け止めたセリシアは、空いている片方のレイピアをムーアの腹部に突き刺す。

ムーアは呻き声を上げながら込み上げてくる吐血を歯を噛み締める事で耐えると、掴んでいた斧槍を手放して後方に下がりながらレイピアを引き抜く。そして体に迫る脱力感を感じながらその場に膝をつき、口内に溜まった血液を吐き出す。

ムーアの後方から迫っていたアスラは、短剣を両手で持ち掛け声を発しながら飛び上がると、渾身の力を込めて上からセリシア目掛けて剣を振り下ろす。

その一撃をレイピアで軽々と受け止めたセリシアは、逆さに持っていたムーアの斧槍を横に一閃してアスラを吹き飛ばす。横腹にその一撃を食らったアスラは、くの字に折り曲がったまま横たわり、意識を手放した。

アスラとムーアの動きは、流石と言えるぐらい熟練の連携技を見せていた。あれだけの動きを瞬時に繰り出すあたり場数をかなり踏んでいる。

だがそれでもセリシアには通じなかった。

ここでシャロンは頭で様々な策を巡らしていた思考を完全に止めた。頭脳明晰だからこそ気づいてしまう。

「私達の負けでございますか…」

ミアキスから降りたシャロンは意を決する他に出来る事がなかった。

いつの間にか背筋を伸ばしながらミアキスに騎乗しているヒューゴの姿を視線に捉えたのち、セリシアの方に足を進める。

痛みに耐えながら片膝を着く事しか出来ないムーアと、衝撃で意識を手放したアスラ。身動き一つしないアスラに関しては、もしかしたら生きていない可能性もある。

他の面々は、ただ慄くこと以外何も出来ないこの状況下でシャロンは、冷静に心を保てている唯一の存在だった。

「貴女が此度の騒乱の発起人とお見受けする。名はシャロンだったか?」

腕を組み、シャロンを見据えながらそう話すセリシアだったが、その姿からは油断を少しも感じない。むしろアスラ達と対峙していた時よりも気を張っている様子だ。

武器を持っていない町娘の形容を見せている者に対する気配ではない。