風に揺蕩う物語

ついにこの時が来た。

アスラの手にも自然と力が入る。自分がへまを起こせばそれで終わりの作戦なんだ…だが俺ならこなせる自信がある。

だからこそ自らこの役割を買って出たのだ。

今は心を静かに冷静さを保つ事が先決だ。ただ合図が来るのを待つ…。

壇上に居るギルバート先生。それに高みの見物を決め込んでいる王子様と丞相様……そしてあれは。

ここでアスラは、初めて二人以外の人物に視線が止まる。

全然気にしていなかったがあの女は…。

静かに心を落ち着かせていたアスラだったのだが、セリウスの姿をその目に止め、激しく心が揺さぶられてしまった。

あの女はマズイ。幸いにも現場の指揮に関わっていないが、何かあれば必ず俺たちの弊害になるはずだ。

何せ奴は戦いの天才だ。

アスラが冷や汗をかいている中、懐から書簡を取り出したギルバートは、それを広げると大きな声でそれを読み上げる。

「罪状。ランディス国王陛下並びにセレス王妃殺害、並びにリオナス・シャオシールへのセレスティア姫の誘拐教唆により死罪とみなし、処刑を執行するものとする。罪状に伴いヒューゴ・シャオシールへのこれまでの報謝ならびに人爵の全てを剥奪し、罪人として刑を執行する事をここに明言する」

まだか…合図はまだか。

会場の熱気は自然と高まり、警備をしなくてはならない騎士達の目も自然と壇上に居るギルバートとヒューゴに集まる。

注意が散漫になっている今が好機だ。だがムーアからの合図がまだこない…。

「罪人ヒューゴ・シャオシール。最後の言葉を述べる機会をヴェルハルト様の好意で設けさせて頂いた…何か言い残したい事はあるか?」

「特にはない」

ヒューゴの口調は素っ気ないものであり、その言葉がさらに民衆達の気持ちを逆なでた。騎士達も同様で、凄まじい殺気がともなった眼つきでヒューゴを凝視している。