風に揺蕩う物語

頭を下げている女官が一人と、人の好い顔つきをしている女官が一人おり、その内の一人はヒューゴと顔見知りだった。

「よろしくお願いしますレオナ殿。昔とお変わりなくお美しいですね」

ヒューゴは久しぶりに見るこのレオナという女官に、そう話しかけた。

「まぁヒューゴ様ったら。こんな年寄りを褒めても何も出ませんよ」

レオナは満面の笑みでそう話すと、口元に手をやり優雅に笑ってみせる。どうやら満更でもないようだ。

「ヒューゴ様。お腰のお召し物をお預かりしてもよろしゅうございますか?」

今度は年若い女官が緊張気味にヒューゴに言うと、両ひざを地面に着け、頭を下げながら手を差し出してきた。

貴族の階級であるヒューゴに対しては、向かい合う時に視線を上げさせる事は失礼に当たるのだ。身長の差があるので、普通に向かい合ってもヒューゴが目線を上げる事などまずないのだが、基本的に視線を下に向け、話すのがこの場合の礼儀作法の一つであった。

ヒューゴはそんな女官の手を取り、その手に片手剣を手渡すと、相も変わらず優しく声をかけた。

「どうか顔を上げてください。初めてお会いになりますよね?お名前を伺ってもよろしいですか?」

「はい。シズネと申します」

ヒューゴの声音につられて顔を上げてしまったシズネという女官は、ヒューゴと視線が合うとすぐに視線を下げてしまった。

女官としての礼儀作法を叩き込まれたのだろうシズネは、やってはいけない事をしてしまったと思い、かなり体を硬直させていたのだ。

「シズネ。ヒューゴ様がお許しになられたのなら、顔をあげてもよろしいのですよ?」

そんなシズネの様子を見ていたレオナは、凛とした様子でそう話した。

「えっ?いやっ…その」

余計な事を話してはいけないのも礼儀作法の一つ。女官は不用意に言葉を発してはいけないのだ。

イズネの頭は今、かなり混乱していた。頭を上げては下げ、言葉を発しては口を紡ぐといった具合だ。そんな様子のシズネを見たレオナは、苦笑の笑みを浮かべた。

「どうもすみませんでしたヒューゴ様。ヒューゴ様のような貴族の方は珍しいですので、シズネも混乱してしまったようです」

「僕も思慮が足りませんでした。いきなりの事で動揺させてしまったようですね…」