風に揺蕩う物語

そんなみずぼらしい男の様子を見た盗賊達は、驚きすぎて身動きが出来なくなったと勘違いをし、男の近くに居た一人が持っていた剣で被っていたフードを後ろにずらして見せた。

フードの奥から見える容姿は、やはりヒゲ面であり汚らしい。

瞳の奥に垣間見れる眼光は、穏やかなもので、危険な目にあっている者の視線ではない。能天気と言ってしまえばそれまでなのだが、この男はどうにも普通ではない。

自分がどの様な状況におかれているか理解していないのか?

そう考えるのが普通であり、皆がその様に考えていた。

「うーん…死ねるものなら死んでみたいな俺は。大変興味深いぞ」

そう答えた男は、目の前に差し出されている剣先を、自分の胸に持っていく。

これには盗賊達にも動揺が走る。この様な生業をしているのだから、人を殺めた経験はない訳ではない。だがここまで無抵抗に命を差し出す輩を初めて見た様で、どうにも切っ先を前に突き出す事が出来ない。

その様子を見た男は不思議そうな表情で目の前の男に問い詰める。

「どうしたのだ。スっと差し込んでみろ。飾りではないのだろうこれは?」

不敵に笑んで見せる男の余裕な表情が大変に癇に障ったようで…。

盗賊の一人がわき上がった怒りに任せて、両手で柄を持つとそのまま力強く武器を男の胸に差し込んだ。

確かに剣は胸に刺さった。

だが奥深くまで突き刺した筈なのに、剣先が背中を突き抜ける気配がなかった。それに血が流れ出る気配もない。

唖然とする盗賊達をよそに平気な顔をした男は、周りを見回した後に一言…。

「俺はこれで死ねたのか?」

おそらくこの言葉を吐いた物は数える者しかいないであろう文章を口にした。