風に揺蕩う物語

このみすぼらしい男が何をしているのか子供は理解出来ていない。それでもこの男が、目の前に横たわる母親を思って何か呪文を唱えているのは間違いない。

そう思うと人となりは知れずとも好感を持てると感じていた。

男は呪文を終えると、遺体の体に持っていた水の様な液体を少量かける。そして静かに立ち上がり、子供と向き合った。

この時ばかりは子供も男と視線を合わせる。

「長い長い道程だが、道は俺が作っておいた。喉が乾かぬよう水も与えた。これで君の母親が黄泉路を迷う事もないだろう…後は君だな少年」

「一応女の子…」

二人の間に一瞬気まずい時が流れる。だが男は一つ出来払いをすると、女の子の頭に手を置き、言葉を述べる。

「故人を偲び悲しむのも良いが、人とは泣こうが喚こうが何れは旅立つ運命にあるものだ。だったらいっそ笑って送ってやろうではないか。その方が君の母親も安心して旅立てると思わないか?」

「うん…」

少女はボロを身に纏っている。おそらく貧困を極めた生活をしていたに違いない。そしておそらくこの少女は、母親が居なくなった事で天涯孤独の身になったのだろう…。

それが分かっている男は、少女に諭さないといけない事があった。

「それと復讐など考えない事だ。命というのは狙うものでも狙われるものでもない。生きるだけ生きて、時が来れば休む…逝き急ぐなよネネ」

男はそう言って適度に力を込めて少女の頭を一撫ですると、その場を離れていく。その後ろ姿が見えなくなるまで眺めていた少女は、一つの疑問に気付いた。

「…なんで私の名前を知ってるの?」

その疑問は男が姿を消した事により、解決しないのだった。