乱世が平定したエストール領地内だが、犯罪が起きない訳ではない。

闇夜が訪れる時になれば人知れず悪さを働く夜盗も当然出てくる。

毎日の様に一月の給金にも満たない金額の為に殺人が起きるのもまた、止められぬ残酷な定めである。

そして躯と化した死体を前に小さな体を震わせ、咽び泣く子供の存在もまたこの事実を現実のものだと伝えていた。

業務的に死体を処理しようとする者や、遠巻きに一瞥するものの、特に気にした様子もなくその場を去る者。

当たり前の様に起こる惨劇に人々もまた、他人事だと割り切って気にかけない様になるのもまた現実である。

そんな中、悲しみにくれる子供に声をかける風変りな男が現れた。

不精鬚に伸ばしっぱなしの枝毛が目立つ頭髪。おおよそ身だしなみという言葉を意識した事はないのであろう熊みたいな形容をした男である。

「この遺体は君の母親のようだな」

「………」

子供は悲しみに暮れている様子で男の言葉に反応を示さない。ただその表情からは悲しみの他に、奥に隠された怒りの感情も見てとれる。

男はそれを瞬時に理解した。そして何の返事も返さない子供の傍で両膝を付き、その場に座り込むと両手を合わして目を閉じた。

「闇路に迷いし気高き御霊よ。輪廻の輪を潜り、またこの世に転生を果たす道標をここに示し奉る」

男が目を閉じた状態で変な話を始めた。流石に子供も熊男の存在を意識せざるおえなかった。

「未来無き己が身に絶望を感じるべからず。新しい出発と心得よ、我がこの清き魂の小さき懺悔を引き受ける」

そう言葉を口にしたのち、男は短い単語を口々に唱え始める。子供に理解出来る内容ではないものの、その言葉には大きな力を感じていた。