風に揺蕩う物語

ロイスは手に持っていた無形なる漆黒の物質を胸の前に持って行くと、力強く握りつぶした。すると大きく離散した漆黒の物質が、ロイスの体を包み込む様に広がりを見せた。

驚きの表情を見せながらその光景を見ていたヒューゴは、背筋が凍りつくほどの悪寒を感じながらも、その場から動けずにいる。

瞬く間に体を包み込んだ漆黒の物質は、衣の様な衣服に形を変えた。

ロイスの体全体から禍々しいまでの黒い煙が滲み出ており、ヒューゴが今まで目にしていた煙とは全く異質な煙が立ち上る。

殺意の塊。直感的にそう感じた。

「闇霊術(あんれいじゅつ)の力をお前に見せてやろう…」

ロイスがそう話すと、漆黒の衣が脈動を打ちながら大きく蠢く。

ヒューゴは短剣を前に構え、受けの姿勢を見せたのだが…。

「…んっ？」

自分の体が宙に浮く感覚を覚えたのは分かったが、それ以外は何が起きたか分からなかった。現状は仰向けの状態で倒れている…。

直後に喉の奥が熱く感じたヒューゴは、吐き気を抑える事が出来ずに込み上げてきた異物を吐き出してしまう。

噴き出す様に出てきたのは血液。吐血を認識したヒューゴは、待っていたかの様に現れる激痛にその身を悶えさせた。

痛みを感じた事により、自分の現状をしっかりと認識する事が出来た。

腹部に大きな風穴が開いている。流れ出る血液を手で抑えようとすると、手に自分の臓物の感触がしっかりと伝わる。

込み上げてくる血液と胃液が混ざった液体が邪魔をして叫び声を上げる事も叶わず、視覚的に見える自分の内臓を信じられない様子で眺めるヒューゴは、半狂乱状態に陥った。

その場で上体をバタつかせるヒューゴを見たロイスは、風穴が開いている腹部を力強く踏みつける。