風に揺蕩う物語

様子見の気分で意図して交差させた双剣の中心部に、適当な力で石突きを打ち込んだ筈だった。

だが結果は大きく双剣がしなったのち、アスラは後方に激しく吹っ飛ぶ姿を見る事になったんだ。

もしあの時、本気で打ち込んでいたらどうなっていただろうか。

おそらく双剣を貫き、胸元を抉ったのちに胸郭骨を砕いて体を貫通させていただろう。

久しぶりの手合いは楽しかったが、あれ以上長引かせるのは危険だった。

俺自身が自分の力加減が出来ていない。

それもまた未熟という事…しばらくは手合いを控えよう。

幾分か冷静さを取り戻し、体の力が抜けてきた所でヒューゴからは死角になっている方向に向かって声をかける。

「何か御用ですかシル・ロイス様。隠れて様子を窺うなどあなたらしくないではないですか…」

神経が研ぎ澄まされている為か、隠れて様子を窺っている事には初めから気づいていた。視覚で見てとれる煙もまたそこに誰かが居る事を如実に伝えてくる。

声をかけられた人物は特に悪ぶれる様子もなく姿を現した。その人物はヒューゴが言った通りシル・ロイス本人である。

ヒューゴがいかにして人物の特定をしたのかは謎である。

「少し声をかけるのを躊躇っていただけさ…寝首を刈られそうな眼つきをしていたからな」

ロイスはそう言うとヒューゴの傍まで歩み寄る。そして壁に背中を預けると視線を空に向けて話す。

「やはり貴君はアロニア大陸随一の強者のようだな。正直手合いを見終わった時、驚きすぎて声も出なかった…非常に見事な腕前だ」

「お褒めに預かり光栄です…」

今日は随分と物腰が柔らかいな…どういう心境の変化だ?