風に揺蕩う物語

ギルバートは手を大きく振ると、『始めっ!』と良く通る声を出し、手合いの開始を宣言した。

最初に動いたのはアムラだ。一足飛びで大きく後ろに下がると、独特の律動で体を左右に揺らしだす。幻覚を誘うこの動きは、単調な動きから一気に攻め込む時に見せるアスラの得意技である。

対するヒューゴはアスラの動きを目で追いながらも、ゆっくりとした足取りで間合いを詰め、ゆっくりと槍を前に構える。

初めに動いたのはヒューゴだ。横薙ぎに大きく槍を振るうと、胴を寸断するかの様な一撃をアスラに打ち込む。アスラはその一撃を上に飛ぶ事で交わし、そのままガラ空きのヒューゴの肩筋目がけて双剣の片方を振り下ろす構えを取る。

だがアスラはその動きを途中で辞め、胸の前で双剣を交差させる。するとアスラは後方に大きく吹き飛び、空中で体を立て直すと、剣を支えに片膝を着きながら着地する。

ヒューゴは素早く間合いを詰めると、そんなアスラの双剣を槍で壁際まで弾き飛ばすと、首元に穂先を突き付けた。

この刹那の間に何が起きたのか。目の前で見ていたギルバートは全てを理解していた。

ヒューゴはアスラが上に逃げて、反撃に出るのを打ち込む前から読んでいた。そこで力一杯大きく横薙ぎ打ち込む。そしてその反動を利用して体を反転させ、石突きで逃げられない体制にあるアスラの胸元に一撃を入れたのだ。

後は見ての通りの結末である。

周りで見ていた騎士達は、盛り上がる事も驚く事も出来ずに手合いを見終わってしまっていた。あの双剣のアスラがこんなに呆気なく負けてしまうなんて…。

ヒューゴは座り込んでいるアスラに手を差し伸べる。アスラは最初は悔しそうな表情を浮かべていたのだが、すぐにいつも通りの表情に戻り。

「ヒューゴに勝てるわけねぇか…」

とある種の清々しいまでの潔さを見せ、手を取るとそのままヒューゴと固い握手を交わす。

ムーアはというと、賭けの胴元での金儲けを遂行する事が出来ず、アスラよりも悔しそうな表情で掛け金を返金していた。