風に揺蕩う物語

「まさかヒューゴが手合いを受けるとはなぁ…ご愁傷様アスラ。俺は高みの見物を決め込ませてもらうぜ」

ムーアは神妙な顔つきでそう言うと、アスラの前で手を合わし頭を下げる。そしてそのまま鍛練場の方に足を向けた。

「嘘ぉぉぉっ!予定と違うってぇ!!」

一人頭を抱えるアスラを余所に、ヒューゴは武器庫から槍を持ってくると、そのまま鍛練場の方に足を向けた。

心なしかその後ろ姿は、いつもより大きく見えた。




鍛練場は人で溢れていた。どこからか話を聞きつけた騎士達も鍛練場に駆け付け、狭くはないこの空間を埋め尽くすほどの入り用である。

もしかしたらエストール城に残った兵士のほとんどが集まったんではないだろうかという人数である。

そんな異様な雰囲気の中、ヒューゴとアスラは一定の距離を開けて向かい合った。アスラも先ほど見せた情けない表情ではなく、真剣そのものの表情で双剣を交差させながら構えを取る。

対するヒューゴはそれとは対照的で槍を肩に掛け、普通に佇んでいるのみ。表情も真剣というよりかは、いつも通りの穏やかな表情をしている。

そんな二人の間に立つムーアは、審判の様な立ち位置だ。

ムーアが声をかければすぐに試合が始まる様な状態の中、立ち見の人で溢れ返る入口からギルバートが姿を現す。只でさえ大きな体格をしている騎士達の後ろからでもその姿を見てとれるギルバートは、やはり規格外の大きさだ。

ギルバートはアスラと対峙している人物がヒューゴだと分かると、騎士たちを押しのけ、中に割って入ってきた。

ムーアはそんなギルバートの様子を見て、自分の役をギルバートに譲った。何だかんだで気の利く男である。

ギルバートはそんなムーアの心意気を承諾すると、真剣な様子で二人の表情を見る。二人ともギルバートには一瞥もくれる事無く視線を合わせていた。

すでに戦闘は始まっている様子である。

観客の奥の方でムーアが、『一口銅貨10枚』と小声で皆に話しかけている事など知らない三人は、異様な緊張の中に居たのだった。