風に揺蕩う物語

「これ以上の干渉はいらぬ災いをもたらす火種に成りかねないか」

すっかりと夜の時間になってしまった中、凄まじい速さで屋根の上を駆け抜ける男は、独り言を漏らすと徐々に体を半透明になり出した。

そして完全に姿を消すと、移動していた屋根の上には着ていたコートだけがふわりとその場で舞った後に残った。

だがこのリヴァナリスの世界にはすでに、小さな火種が燃え移ろうとしていた。

すぐに消火してしまえば大事に至らない筈のこの火種も、時を置けば大きな業火となってこの世界を焼きつくすまでに成長する事に気づいている者は、当事者のみ。

その火種は意外にもすぐ近くで起こっている事を知らないヒューゴは、強大な業火にその身を焼かれる事になるのであった。



この日首都ファルロースでは多くの国民が列をなして歓声を送っていた。

というのもエストール王国に住まう国民にとっては、久しぶりに御目に叶える人物を拝見出来るからだった。

その人物とは、エストール王国第一王子であるヴェルハルトである。ヴェルハルトは同盟国であるグレイス共和国に来賓として呼ばれたので、代表として出向く事になったのだ。

当然出立式ではヒューゴも参列し、エストール王宮でヴェルハルトを見送った後、兵舎に顔を出していた。

兵舎には出立式で着ていた服装を着替えている騎士で溢れ、かなりの賑わいを見せていた。ヒューゴは気の合う二人組であるアスラ&ムーアと適当に会話をしていた。

他愛のない会話をしていたのだが、アスラが突然思いもよらない事を言い出す。

「そう言えばヒューゴよぉ…久しぶりにちょっと俺と手合わせしないか?最近は鍛練に身を入れてて、今ならヒューゴと良い勝負出来そうな気がするんだよな」

アスラの言葉に回りに居た騎士達が息を飲む気配をヒューゴは感じていた。

ヒューゴが武器を持つ所など、ここ何年も見ていないのだ。戦場でのヒューゴの力を知っている者もこの場には一人も居ない。

正直ヒューゴの力がどれほどのものか知る者はアスラとムーア以外居なかった。