風に揺蕩う物語

そう言うと来客者は手に持っていたのだろうコートを着ると、そのまま頭まで被り、玄関のドアを開ける。

そして体の半身を外まで出すと、振り返り隠れて様子を見ていたヒューゴの方に視線を向けて一言。

「呼吸の仕方を間違えないようにね」

そう言って完全に姿を消した。シャロンは急いで振り返り、ヒューゴが隠れていた方向に視線を送る。

踊り場からは完全に死角になる場所でヒューゴは様子を伺っていた。それに気配も消していたので、常人なら気づく事は不可能に近い状態での事。

ヒューゴもシャロンと同様に驚いていた。

一体あの人は何者なのだろうか。不審人物という一言では片付けられない何かを持っている様に感じた。

呼吸の仕方に間違えるな…か。一体どういう事だ。

生まれた時から間違えたことなど一度もない。過呼吸に気を付けろって意味か？

少し考えた後に踊り場に姿を現したヒューゴに、シャロンは近寄り声をかける。

「お知り合いでしたでしょうか？」

「全然知らない人だよ。向こうは知っていた様な口調だったけど…まぁ気にしなくても良いよ。シャロンの対応は間違ってなかったしね。一応僕も貴族だから、少しは格式を持たないといけないしさ」

名家の使者でもない限り、何の連絡もなしに貴族に会いに来るのなど、問題外なのは常識である。シャロンが追い返したのには何の落ち度もない。

だが先ほどの言葉はどうしても気になるな。まぁ気にしても答えはどうせ見つからないけど。




先ほどの来客者はまだヒューゴの屋敷の近くに居た。遠巻きに屋敷の様子を見ている。

どうやら先ほどの言葉が気になって、自分に会いに来るのではないかという淡い期待を持っていたようだが、いつまで経ってもヒューゴが現れない様子を見て落胆の表情を浮かべる。

「来ないかぁ…まぁ仕方ないね。どうしても知っておいて欲しい事があったんだけどなぁ」

男はフードを深く被り、表情が分からないまで顔を隠すと、一足飛びで近くの家の屋根に飛び乗った。

明らかに常人の脚力を逸脱している。