風に揺蕩う物語

「ほぉ…天下に名高い『神君』が、たかが一曲の踊りで気疲れされるのか。それはそれは大層身分のお高いお方と踊られたのだろうな」

「そんな事はありませんよ。一緒に踊った相手は、当家の使用人をしている女性です。気心の知れた相手です」

使用人という言葉を耳にしたロイスは、眉間に皺を寄せる。

「王族はもちろん、グレイス共和国の来賓が参加しているこの宴に、一般人を連れてきたのか?」

「えぇ。当家で長年使用人を務めている者を連れてきました。何か問題でもありますか?」

ヒューゴの視線から優しさが消え、目に違う光が灯る。だが気迫が籠ったヒューゴの視線を受けても、ロイスが怯む気配はない。

ロイスもまた自尊心という名の光が、武人の殺気をかき消しているのだ。

「…あると言いたい所だが、ヒューゴ殿が認めた相手なら、私に拒否する権利はない。だが軽率な行動は控えた方が良いのではないか?」

「シャロンをこの場に連れてきた事が軽率…そう言いたいのですか?」

「何の為に階級制度があるかを考えれば解るだろう。階級とは王族の信頼の証。信頼があるからこそ、王族の御身の近くに身を寄せる権利があるのだ。ヒューゴ殿の使用人にそれがあるのか?」

「ありますよ。許可を出したのは私ですから」

不穏な空気になりつつあった二人の会話に、横槍を入れるかの様に女性の声が聞こえてきた。その声を聞いた二人は、驚きながら視線を女性に送ると、深く頭を下げる。

「シャオシール家の使用人シャロンと言えば、私も知る人物です。これで納得出来ましたか?」

セレスティアは下げられた頭を上げさせた後、ロイスに向かいそう答える。するとロイスは釈然としない様な表情をしながらもはいと答える。

そして失礼しますと言葉を残すと、その場から姿を消した。

その場に残った二人は、互いに視線を合わせる。するとセレスティアは軽く微笑んだ後、片目を一度瞬いて見せる。

「ケンカは駄目よヒューゴ。あれぐらいの嫌味は軽く流さないと」