風に揺蕩う物語

だが少し遅かったようだ。シャロンが踊りを楽しみ出した頃、伴奏は終わりを迎えようとしていた。

曲の最後は少し曲調が変わる。短い曲が繰り返し流れていた曲が、最後だけ伴走者全員が合奏する形に変化を見せるのだ。

「いよいよ最後だね。最後は繋がれている片手を離さずに、足を前に踏み出す動きをするんだ。あんな感じでね」

そういうとヒューゴは、周りで踊っている人々に視線を送り、まずはシャロンに動きを確認させた。男性が女性の手を下から包み込む様に掴み、それを互いの胸の高さ付近まで持ち上げる。

その手の位置を動かさずに、半身になるほど同じ足を踏み出して踊る動きは、先ほどのゆったりとした動きに比べ、幾分激しい動きだ。その激しい動きに触発されてか、先ほどのダンスよりも顔の距離が離れているのにも関わらず、男女の視線は急に熱を帯びたかの様に見える。

シャロンはその動きを目で確認すると、ヒューゴに視線を送り一つ頷く。それを確認したヒューゴは、シャロンの腰から手を放し、少し距離を開けた。そして一言シャロンに声をかけた後、二人は共に足を踏み出した。

シャロンは初めて踊ったとは思えないほどの順応性を見せ、ヒューゴの動きについて行った。激しい動きで口を軽く半開きにし、軽く息を乱しながらも視線は外さない。

ある種の挑発的とも取れるシャロンの熱い視線は、ヒューゴの瞳を通って脳に達し、何とも言えない高揚感を誘う。

会場を漂う空気と、女性達が身に纏う甘い香油の匂いが二人の距離を近づけた。

「最後の踊りは…百聞は一見に如かずだな」

そういうとヒューゴは、中空に浮かべていた手を力強く引き寄せ、シャロンを抱き寄せるとその手を水平に伸ばし、腰に手を回す。驚きで目を見開くシャロンをよそに曲は最後を迎え、締めにふさわしい音色を奏でると終わりを告げた。

「非常に良い時間を楽しませて頂いた。いずれまた機会がありましたら、今宵の夜の再現を致しましょう」

ヒューゴはその言うと、唖然と立ち尽くしているシャロンの前で片ひざを着くと、手の甲に軽い口づけをしその場を離れた。