風に揺蕩う物語

「騎士とはいつ命を失ってもおかしくない生業だ。それ故に己の身を守る術と精神を持たねばならぬ。ヒューゴ殿はお優しい方だからこそ、リオナス殿に厳しく接するのだ。本当の意味での強さを身につけて欲しいという意味を込めてな」

ギルバートはそこまで話すと、すっかり冷えてしまっている珈琲を口に運び、鍛錬場の方に視線を送る。

シャロンは目の前に置かれている蜂蜜で漬けこまれた白桃がふんだに使われている焼き菓子を、何気なく見つめている。そして徐に口を開いた。

「…それは慣れから来るものなのでしょうか。私はあの様な光景を冷静に見る事など出来そうにありません」

「それが普通なのだシャロン。ただヒューゴ殿やワシは、戦を経験しておるから生死の一線というものを見極められるだけだ…知らぬことをやれと言われてむ無理なのは仕方がない」

シャロンは、ギルバートの言葉を受けても浮かない表情をしている。

騎士道とは言葉で全てを説明出来る話ではない。心技体を鍛え、己に打ち勝つ術を身につける事に一生をかけるもの。

技や体に特化した所で、所詮は半人前の騎士。若くして地位を得るという事は、生易しい覚悟ではその地位に相応しい人間になれないのだ。

「リオナス殿はまだ若く、戦の経験は多少乏しい部分がある。それ故に責任に押し潰されない様に規律を持って日々生きる事を心がけているのだろうが、人はそれほど万能な存在ではない…どこかで大きな壁にぶつかる事もある。リオナス殿にとって、それは今なのだ。その場合、生易しい言葉はかえって力を潰してしまうのだよ」

ギルバートの言葉を理解出来ない訳ではない。だがそれでも怖いものは怖いのだ。

主人の御身体の心配をしなくなっては、元も子もない。シャロンはギルバートの言葉を頭の片隅に置きながらも、その言葉を理解しようと務めていた。

その時だ。幾分厳しい表情をしたまま、兵舎の酒場にヒューゴが姿を現したのは。鍛練場と兵舎の出口が通り道にあるのもあり、必然的に姿を現したのだ。

シャロンは座っていた椅子から立ち上がり、ヒューゴの下に歩み寄る。