これだけの学術書を読みこなすようになるには相当な時間が必要なはずだが、どうも椿は都で学問ばかりに明け暮れていたわけではないようであった。

 椿の武術の才は、学問のそれか、それ以上に秀でていた。
ありとあらゆる道具を武具として戦えるよう訓練されたらしく、仕事の合間に草刈り鎌や鍬を綺麗な弧を描くようにして振り回しているのを見たときには、言葉が出てこなかった。
今はまだ、一流の武人と比べれば、持久力に欠け、動きに多少の乱れがあり、あまり重たい武具を思うように動かすことはできないようだが、これがあと十年もすれば、一流相手に戦うことも可能だろう、と李漢は無表情に稽古を続ける椿を見て思う。

李漢はそのことを、喜ぶ気にはとてもなれなかった。
学術の才はいい。
今はそんな余裕はないが、将来学舎で学ばせてやれれば、アショの王都で医者や教師になって、もっと豊かな暮らしをすることだってできる。
だが、武術は違う。
それを知る者はどうしても戦う結果になってしまう。
まるで見えない糸で手繰り寄せられるかのように、なにか、かにか、敵が寄り集まってくる。
李漢は椿に、そんな血に塗れた人生を歩ませたくなかった。

だがどこかで、李漢はそれは無理だろうなと感じていた。
椿はすでに、その道の上を歩き始めてしまっている。
今ならまだ、こちら側に引き戻すことができるもかもしれないが、李漢には到底自分にそれができるとは思えなかった。
なにせ、自分もその道を歩いている。
刀を捨て、故国を捨てても、真っ当な道に戻ることなど、所詮できはしないのだ。
血の匂いに誘われ、村を守るという口実の下、否、確かにそれもあるのだが、侵入者の気配を感じるたびに刀を持ち出し、村の外れで、もう何人とはわからぬほど葬ってきた。
戦うことを嫌悪しながら、しかし、戦いの最中に確かに感じている快楽を否定することができなかった。
自己嫌悪を繰り返すたび、自分を絡め縛り付ける鎖が増えていくのを感じ続けているのだ、この八年間、ずっと。