翌朝、学校へ行くと菜々瀬に声をかけられた。

「葎、おはよ」

「おはよ」

特に会話するでもなく、いつものように通りすぎようとしたら、袖口を掴まれ、菜々瀬のそばに引き戻された。
菜々瀬の隣には、優衣。菜々瀬も優衣もわたしと部活が一緒だし、仲はいい。
優衣とは部活でもあまり話さないけど、副部の菜々瀬のサポートは、部長のわたしにはかなりありがたい。
二人ともいい子、なんだろうな…

「何?」

「葎冷たいよ、ね、これ決めた?あ、葎、教育系だっけ?」

菜々瀬は机の上に広げられた、“進路希望調査用紙”を指しながら、矢継ぎ早に質問を浴びせる。

「提出、今日だっけ?」

「金曜日。もう、しっかりしなよ」

ホントは知ってるけど。
話がそらせれば、別になんでもよかった。

「あ―…まだ決めてないけど。菜々瀬は?どうすんの?」

うちも決めてないよー、と笑う菜々瀬に、あんたも人のこと言えないじゃん、と思う。
 その隣で、黙って愛想笑いを浮かべている優衣は、わたしの神経を逆撫でする。

バカみたい……何イライラしてんだろ

ふと、机の端に置かれた雑誌に目が止まり、手に取った。

「ああこれ、今、進路室で借りてきたんだけど。葎も見る?」

進路情報紙。
志望大学特集。
表紙をざっと眺めて、もとに戻した。

「いい、予習終わってないからまた後で」

今度こそ、菜々瀬に引き留められることはなかった。

金曜までか……

自宅の机に放りっぱなしにしてきた調査用紙は、まだ名前しか書かれてない。
自分の進路を、考えなかった訳じゃない。
ずっと考えて、考えてきたから、わたしはまだ、決められないでいるだけだから。