直次は、小谷先生の様子が気になった。

どうしたんだろう?

ただ元気かを知るだけなら、こうして逢わなくても良かったんじゃないか?

それでなくても、毎年会っていたわけでもない。
紗織を娘としてから始めの2年くらいは、直次の病院に来たり電話があったりしたのに、それ以降、今日まで何もなかった。

なのに…なぜ…?

「佐々木先生、紗織ちゃんの記憶はどうですか?」

「いえ、まだ戻りません。先日、その事を紗織に話したばかりですが」

「そうですか…」

小谷先生は2杯目のコーヒーに少しの砂糖を入れ、ゆっくりスプーンでかき混ぜると、それを飲む事もせず、そのまま下を向いてしまった。

「小谷先生、やはり何かあったんですか?」

「いえ、本当に何も…」

「そうですか…?」

直次は、それ以上、聞くことはなかった。


結局、喫茶店には1時間くらいしてから店を出た。

小谷先生は軽く会釈をした後、病院前のバス停に向かい、間もなく到着したバスに乗り込んだ。

バスの中からも会釈をしたので、直次も会釈をして別れた。

「さて…もう少し仕事しなきゃな…」

病院の自室に戻ると、いいタイミングで携帯が鳴った。

『オジサン?』

紗織からだ。

「どうした?紗織」

『まだ帰らない?』

「んー、もう少しかかるかな…どこか出掛けるのか?」

『ううん、違うんだけど…』

紗織の声が、いつもと違う感じがした。

「なるべく早くに帰るよ」

『うん、分かった…ゴメンネ』

これは本当に早く帰らなきゃと思った。

そんなに謝らなきゃならないような事じゃないのに『ゴメンネ』なんて言うのは、何か不安な気持ちになってるはずだ。