そんなやり取りをしているうちに、横断歩行の信号は青になり、待っていた人が一斉に歩き出して行く。

「じゃあ――あたし、お店に戻りますので……」

 少しだけ呼吸も整い、シンさんに無事に忘れ物も届けられたから、これ以上あたしがここにいる理由はもうない。

「またご帰宅くださいね」

 にっこりと笑って頭を下げ、もと来た道を引き返そうとしかけると、

「あ、待って――っ!」

 慌てたようにシンさんの声があたしを引きとめた。

「こんなに懸命に届けてくれたのに、何もしなかったらぼくの恥だ」

 そういうと、シンさんはジャケットの内ポケットから手帳を取り出し、一緒に取り出したペンで開いた手帳に何かを書き付けると、

「もしよかったら、今度お礼をさせてくれないかな?」

 それを手帳からちぎって紙片にし、2つに折ってあたしの手の中に握らせてくれる。

「ぼくの携帯の番号――……書いておいたから」

「え……」

「夜なら大抵通じるよ。……いつでも電話してきて?」

 そのときに改めて話をさせて欲しい、って。

 この間の時と同じ「優しい微笑み」で、そう言ってくれた。