あたしのアパートの近くのタクミの家。

 時々、タクミの家で夕食をご馳走になることがある。

 タクミのお母さんがあたしのことをすごく気にしてくれて、よく晩ご飯を食べにおいでって言ってくれて……本当にすごくありがたい。

 その日もあたしは美味しいカレーをご馳走になってから、アパートまでタクミに送ってもらっていた。

「もうすぐ春休みだな――さつき、春休み中は毎日のようにバイトに行くんだろ?」

 帰り道。

 もうすぐ春だけど夜はまだまだ寒くって、タクミの喋る息が白く曇っている。

「じゃないと生活できないもん」

「……無理、するなよな?」

 あたしを気遣っていっつもそう言ってくれるタクミ。

「ありがと。体が丈夫なのが取り柄だから、大丈夫」

 にっこり笑ってマフラーを少し強く巻き直す。

「でも、心配してくれてありがとうね。――じゃ、お休み!」

「……あぁ。またな」

 何か言いたそうな表情だったタクミ。

 けれどそのときはそれに気がつかなかったあたしは、いつものように手を振ってタクミと別れると、アパートの錆びた鉄の階段を軽やかにたんたんたん、と上っていつもの独りの部屋へぱたんと戻る。

 ――生きるためだけに、ただ、必死だった日々……これが、ずっと続くのかなって思ってたけれど。

 その「出来事」は、不意に訪れた。

 そう――両親の死のように、突然に。