「――姫様?」

「……」

「姫様!」

「は、はい!」

凛の叱声に背筋がビリッと反応した。

「もう…姫様、聞いてらっしゃいます?」

「え、えっと、なんでしたっけ……」

曖昧に微笑み首を傾げると、凛にため息をつかれてしまった。

「ですから今日、会いに行くのでしょう?」

「誰にですか?」

「斎藤弓鶴様です!」  
「う…」        
…その名前にいつもは心が弾むのだけど…

今日だけはどうしても気持ちが沈む。

「何沈んでるんですか。早くしないと、お待たせしてしまいますよ?」

「…り、凛…」

私の気持ちなどどこ吹く風。

あっという間に放り出されてしまった。



町での一件の後、私と弓鶴様、間宮和陽様と夕霧暁野様とで満開の桜を見に行った。

あの場所は私達しか知らない様で、町人の目を気にすることなくお花見が出来たのだ。

「…やっぱりお前には桜が似合う」

そう言って笑いかけてくれたのを思い出す。

それから二月。

うららかな陽気はどこへやら、うだるような暑さが江戸を包んでいた。