「私、帰るね。」


「…なんだよ、さゆも俺を腫れ物扱いかよ。」



心臓が跳ねた。



そんなつもりはなかった。



腫れ物扱いだなんて…。



ただ、こんなときに私にいられるのは嫌かと思って…。



でも、拓都は今、私をさゆって呼んだ。



いつからか拓都は私の呼び名を“さゆ”から“嗄雪”に変えた。



距離を置かれたんだと思った。



きっと拓都はそのつもりで変更したんだと思うし。



なのに、今彼は私を昔の呼び名で呼んだ。



…それは、どういう意味なの?



「…じゃあ私、もう少しいる?」



拓都は顔を背けたまま何も言わない。



公子さんはただおろおろとしているばかりだ。



「…それじゃ、公子さん、拓都のお見舞い、私がしとくから今日は家に帰ったら?
旦那さんの夕食もあるし。」


「で、でも…。」


「今日は拓都の入院準備もしなきゃだし。
私がいれば、事足りるでしょ。」



公子さんは困惑状態のまま、私と拓都を見比べた。



拓都は公子さんを見ようとはしない。



そこはさすが母親で、息子の無言の要求に気付いたようで。



「じゃあ、お願いするわね。
ごめんなさい。」



手早くコートを抱えて出て行った。