奈津美は、部屋に入ると、すぐにエアコンをいつもより温度を高くして付け、こたつの電源も入れた。


「旬、こたつ入ってて」

 奈津美はコートを脱ぎながらそう言った。


「うん」

 旬は一直線にこたつへ向かって体を入れる。


 奈津美はキッチンへ行き、ケトルに水を入れて火にかけた。


「旬、ココアでいい?」

 旬が好きなものを入れようと思い、奈津美は旬に声をかけた。


「うん。ありがと、ナツ」

 旬は上半身で奈津美を振り返って、笑顔で言った。


 奈津美は、湯が沸く間に、カップを二つとココアパウダーを用意する。

 ココアは、旬が好きだから、必ず置いておくようにしているのだ。


 コンロの前に立ち、奈津美は旬の方に背中を向けたまま、黙っていた。


 今日は、いつもより静かだ。エアコンが動いている音がはっきりと聞こえるほど……


 いつもなら、旬がやたらと話し掛けてくる。もしくは、独り言ともつかないような調子で何かを言っている。何せよ、旬が何かしら話すことによって、いつもはその場が持っている。


 でも、今日は、その旬が何も言わないせいか、静かになっている。やっぱり旬も気まずいのだ。


 確かにそれは当たり前だ。いくら旬でも、三日前から今日までの膠着状態があって、いきなりいつも通り、なんてできるわけがない。

 きっと、さっきまでは、必死に装っていたに違いない。


 このまま、旬が口を開くのを待ってるわけにはいかない。こっちから、ちゃんと話を切り出さなくてはいけない。


 三日前のこと、そして、それからずっと連絡を取らなかったこと……それだけでも、謝らなければならない。

 そうは思っていても、なかなか口は動かなかった。


『この前はごめんなさい』

『ずっと連絡も無視してごめんなさい』

『この前言ったのは、本心じゃないから、気にしないで』

『あの時はあたしがどうかしてたの』


 心の中では、言いたいことは次々出てきて繰り返すことができるのに、中々素直に口を開くことができない。


 どうしよう……

 そう思った時だった。


「ナツ……ごめんな…」

 旬のそんな声が聞こえた。