「ただいま……」

 奈津美は、いつも通りの旬につられて、そう返事をしていた。


「旬……本当に、ずっと待ってたの?」


「うん」


「こんなに寒いのに……風邪ひいても知らないわよ」

 言葉はいつも通り、こんな時に限っても可愛げがない。しかし、声は、いつもより力がなかった。


「大丈夫だって。俺、バカだから今まで一回も風邪ひいたことねえもん」

 そう言って、旬は笑った。

 平気そうなことを言ってはいるけど、旬の鼻の頭は寒さで真っ赤だった。本当は寒くてしょうがなかったに違いない。


「ふぇっぶしょん!」

 旬は横を向いて再び派手なくしゃみをする。


「やっぱちょっと寒いな」

 旬は恥ずかしそうに笑って、音をたてて洟を吸った。


 旬は鼻水を垂らしていた。それに気付いていない旬が、何だか情けなくて間抜けな顔で、思わず奈津美の顔が緩んだ。


「旬、鼻水出てる」


「え…マジで!?」

 旬は洟を啜りながら、手の甲で鼻の下を擦った。

 奈津美は、鞄の中からポケットティッシュを取り出して、その一枚を旬の鼻に持っていく。


「ほら、ちゃんとかんで」

 まるで、母親が小さな子供にするようにして、奈津美は言った。

 旬は、派手な音をたてて鼻をかんだ。ジュルジュルと音をたてて、鼻水が出ているのティッシュ越しの感触で分かる。

 こんなことは、旬だからできる。旬だから、別に嫌じゃない。


「うわっ。大量」

 旬自身も驚いたようにそう言った。

 それがおかしくて、奈津美は笑った。


「へへっ」

 旬も、奈津美を見て、いつものように笑った。

 その時にふと触れた鼻先が、とても冷たい。


「寒かったよね……早く中、入ろ」

 できる限りの優しい声を心掛けて奈津美は言った。


「うん」

 旬は、嬉しそうに頷いた。