奈津美はコーポの階段を一気に駆け上がり、呼吸を乱していた。

 立ち止まって、息を整える。そこに風が吹いて、うっすらと汗をかいた体を冷やした。

 今日は寒い……

 天気予報では確か、この冬一番の冷え込みと言っていた気がする。


 ぞくりと奈津美の背中に悪寒が走った。



「……ふぇっぶしっ!」


 誰かの激しいくしゃみが聞こえて、奈津美は肩を震わせた。誰もいないと思っていたので驚いた。


 しかし、今のくしゃみは何となく聞き覚えがある気がする。


「ぶぇっぷしっ!」


 …また聞こえた。


 もしかして………


 奈津美は、自分の部屋の方へ小走りで向かった。


 部屋の前は、電灯が点いているとはいえ薄暗い。しかし、奈津美の目にははっきりと映った。


 奈津美の部屋のドアの前にしゃがみ込み、寒そうに体を丸く縮こめている、旬の姿を……


「……旬」

 奈津美は、その名前を呼んだ。自分が思ったよりも小さく細い声になってしまった。


 それでも、旬はすぐに反応して奈津美の方に向いた。


「ナツ!」

 奈津美の顔を見ると、立ち上がって奈津美の前まで寄ってくる。


「お帰り、ナツ!」

 旬はいつものように笑ってそう言った。本当に、何事もなかったかのようだった。