「……でも、旬に何ていったらいいか分かんないし…また当たっちゃいそうだし」

 奈津美は俯いて小さくそう言った。


「……奈津美達って、もしかして喧嘩とか、言い争いとか…したことないの?」

 カオルが驚いたような顔をする。


 それを言われて、奈津美は考えてみる。


 喧嘩……という喧嘩は、したことないのではないか。

 パスタ屋の会計でもめたことはあるけれど、それはすぐに解決したし、あれ以上で険悪なことになったことはない。


 そもそも、だ。


「あたしって……旬の前までも、別れる時以外で彼氏と喧嘩したことないかも……」


「ウソ……?」

 カオルは目を丸くした。


「…ていうか、喧嘩が原因で別れる、みたいな感じだったかも……」


 思い起こしてみれば、今までの別れのパターンは大体同じだ。


 まず、何かで言い争いが始まる。それは些細なことだったり、よくある浮気をしたしてないの話だったり、様々だったが、言い争いになると、奈津美がつい素を曝け出し、罵詈雑言に近い言葉を浴びせる。そしてその後はこうだ。


『お前そんなこと言う奴だったのか?』

『お前と付き合ったのが間違いだったよ!』

『もうお前みたいな奴は無理……』


 唖然、逆ギレ、引き……リアクションは個々だったが、そんな言葉と共に別れてきたのだ。

 だから、奈津美には喧嘩して仲直りという感覚がよく分からない。


「奈津美……それなら尚更ちゃんと話すべきだって。喧嘩って別れるためにするものじゃないんだから。月並みだけど、お互いを理解するためのものだと思う。ていうか、ある方が普通よ」


「そうなの?」

 カオルの言うことに、二十三にして、目から鱗、という気分だった。


「そうよ。一回もしたことないって人達もいるにはいるだろうけど。でも、あたし達だってするし」


「そうなの!?」

 奈津美は驚いて目を丸くする。カオルと彼氏は、順調に付き合っているイメージがあって、喧嘩なんて一度もしたことはないと思っていた。