――プルル


「もしもし、ナツ?」


 早い。呼び出し音が一回鳴る前に旬は電話に出た。奈津美が電話すると、いつもこれぐらいの早さで出る。これに少しほっとした。


「うん。…相変わらず出るの早いわね。今何してたの?」

 いつも通りの話し方、いつも通りの声の調子。それを心がけて奈津美は話す。


「ナツの電話待ってた」

 嬉しそうな声が返ってきた。それは、その言葉が本当だという証明になっている。


「そう……」

 電話してよかったと思った。やっぱり、声を聞いたら安心できる。声だけで、さっきまでの重い気持ちが軽くなった。


「ナツ? 何かあった?」

 旬は急にこちらを伺うようにそう言った。


「え……何で?」

 内心どきっとしながら、奈津美はそれが出ないように努めて聞き返した。


「んー……何か声が元気ない。いつもと違う。気のせい?」


 気のせいじゃない。旬は、たったこれだけのやりとりで奈津美の異変に気付いたらしい。

 何でこういうとこばかりは鋭く感知できるのだろう。


「ううん。何もないよ。ちょっと友達と飲みすぎたからかな」

 そう言って、誤魔化した。


「えっ……ナツ飲んだの? 大丈夫?」

 今度は心配するような口調だ。


「どうして?」


「だってナツ、酔ったら荒れるじゃん」

 旬が言っているのは、明らかに一年前のことだ。


「なっ……荒れないわよ! あの時は特別だったの!」

 奈津美は、ムキになって声をあげる。自然と、いつもと同じ調子になった。


「へへっ。そっか」


 ヘラヘラと笑う顔が頭に浮かぶ。しまりがないような顔だけど、奈津美は旬のその顔は嫌いではない。


「……ねぇ、旬。…旬は、何であたしなんかと付き合ってるの?」

 思わず、そんな言葉が出てきた。


 自分で言って、気持ち悪い。こういうことは『あたしのこと好き?』とか『あたしのどこが好き?』のような、聞かれるとうざったい質問と同じ類で好きじゃない。なのに聞いてしまった。それだけ今の気持ちに余裕がなくなってしまったのだろうか……