「悪かったな。今日の分、給料に上乗せしとくからよ」

 店長は旬にそう言って、店の奥に消えて行った。


「マジっすか? やった~儲け~」

 旬は、単純に喜んでいた。


「んじゃ、お姉さん。お勘定……」

 そう言って旬が立ち上がったが、奈津美は旬の腕を掴んだままだった。


「……ない」


「え?」

 小さく呟いた奈津美の声が聞き取れず、旬は、奈津美の顔の高さに屈んで、顔を覗き込んだ。奈津美は、不貞腐れたような表情をしていた。


「…帰りたくない」


「え~…さすがにちょっとそれは困るって、お姉さん…」

 さすがに旬も、早く帰りたいと思っていて、奈津美の言葉に、苦笑いだった。


「だって……帰ったら一人で急に現実に戻されて……絶対に自己嫌悪しちゃうもん」


 旬は、目を白黒させていた。


「だったら飲まなきゃいいのに」

 この時、旬が言ったことは正しい。しかし、後になって、旬にまでそう言われてしまったという、少し情けない思い出に変わった。

 でも、後からは『何であれぐらいのことで……』というものになっても、その時は本当にどうしようもないぐらいの気持ちだったのだ。


「分かってるわよ! でも飲まなきゃやってらんないんだからしょうがないでしょ!」

 そう吐き捨てるように言って、奈津美はグラスに少し残っていた焼酎を飲み干した。


「分かった」

 旬がいきなり言って、奈津美は意味が分からず旬を見た。


「一人になりたくないなら、ホテル行く? 俺と……」





 それが明らかに、少なからずも下心を含んだものだということは、酔って意識が混濁していた奈津美にも分かった。なのに、やっぱり理性が働かず、それよりもやっぱり一人が嫌という気持ちが勝ってしまった。


 奈津美はその誘いに承諾しそのまま旬に付いていき、まだお互いの素性を何も知らぬまま、二人は男女の関係になった。奈津美にはその時の記憶は、全くない。