ついさっきまで
夏休み第一日目から強制的に参加しなくてはならない
学校の夏期講習に、腹を立てていた
勉強ぐらい、群れなくても一人でできる
かといって、講習を拒否する勇気も
反抗心も刹那的快楽主義的浅はかさも持っていないのだから
講習にも
くそ厚さにも
つまらない自分にも腹が立つ

で、階段だ

見るようによっては
古代の神殿のような風格で、思索にふける様子でもある
真夜中になると、そこが銀河鉄道のプラットホームの
入口になるのではないか、と空想したくなるほど
それは思わせぶりに謎めいて、存在を主張するのだ

の・ぼ・れ、と

オーケー、のぼってやろう

俺は踏みしめるようにスニーカーの底を
べったりと付け、
石の段をのぼった

高さは1.5メートル強
しかしここは住宅街
その程度で劇的に見通しが変わるわけではない
のぼったからといって、空の高さは変わらないし
爽快な気分になったり
天命を受けたり
人生の機転が訪れる高さではない

俺は無意味な事をしている
なぜ階段にのぼるのか
そこに階段があるからだ

それがどうした
まったく、ばかばかしい

「あっれぇー、なんでー?キャハハハ!」

プレーヤーの音量を上回る声で
階段下の歩道にいる女が
俺を指さしてバカ笑いをしていた

「ありえなーい、玉木くんらしくなーい
 やっだぁ、おっかしー」

女は俺を知っているらしい
もしかしたら、同じクラスにいたかもしれない

俺が下りようとすると、
女は笑い続けながら
「待って、あったしもー」と言って
階段を駆け上り
「のぼってみたかったんだぁ」と
俺の横で伸びをした

「この階段、気になってたんだよね
 でもさ、人に見られたら照れくさいし」

女は同意を求めて首をかしげた

なるほど。
女は俺の気持ちを代弁してくれた
子供っぽい行為を人に見られて
俺は猛烈に照れくさい