肩にまわされた腕がない。
「あんたたち、いい加減にしなさいよ?」
黒いスーツを着た女の人が男の腕をねじっている。
私はただ、その姿をボーゼンと見るしかなかった。
「何すんだよ!」
「あんたらねぇ?
私、仕事帰りですっごい疲れてんのよ。これから帰って晩御飯作って、資料まとめて……本当、嫌になるわ」
「んなこと知るかよ」
「そんな時にこの子の歌を聴いたのよ。
元気でとびきりの笑顔を向けて歌ってるこの子の歌を」
え?
聴いてくれていたんだ。
この人は私の歌を聴いてくれていたんだ。
私の声はこの人に届いてたんだ。
じんわり胸が熱くなった。
「おかげで家に帰ってからもがんばろうって思えた矢先に邪魔してくれちゃって、本当迷惑な話よ」
「だから知らねぇっての」
「あんたたちは知らなくても私は迷惑してんのよ」
と女の人はねじりあげていた腕を離した。
「ふざけんな」
男たちが女の人に向かっていく。
けれど、逆に地面に叩きつけられる。
「いってぇ!!」
それは一瞬の出来事で、
それは流れるようで綺麗だった。
「何したんだよ?!」
男の仲間が女の人に聞く。
けれど既に中腰。
「何もしてないわよ。彼が勝手に転んだだけ」
「んなわけねーだろ?!」
「本当よ?なんなら試してみる?」
「……くっ」
男の仲間は倒れている男の腕をとり、しぶしぶ歩き去った。


