良かった。思ったより元気だな。

僕はほっと胸をなでおろした。

「今日は平岡も幾斗も、もうあがっていいからな」

「ありがとうございます!」

「お世話になりました」

どこまでも良い人な店長に頭を下げて店を出た。

さっきまでの豪雨が嘘のように晴れ晴れとした空だった。

二人で僕の住むアパートへと二人で足を進めた。

着くまでの間、たくさん話しをした。

そのほとんどが他愛もない内容だったけれど、何故だか凄く楽しかったんだ。

僕の知らない翠を知れて、一歩近づけたような気がしていた。

辺りはすっかり暗くなっていたけど、翠の顔だけはよく見える。

自分の肩の高さから聞こえる澄んだ声を聞きながら、僕は笑っていた。

それは、驚くほど自然な笑いだった。




「……お邪魔します」

「これから翠の家になるんだから、そんな挨拶いらないよ」

「そっか、ただいま!」

自分の住まいに女を入れたのは初めてだ。

僕は少し緊張を覚えた。

翠をリビングに通して自分はキッチンでお茶を用意して座る。

「ど? 俺の家」

「片付いてるってゆーか……あんまり物が無いのね」

「俺は必要な物さえあれば十分だから」

そう言われてみればそうかもな。

僕は昔からごちゃごちゃしたのが嫌いだった。

母に物を投げつけられたり棄てられたりしたせいかもしれない。

トラウマってやつか?

幼い頃は少しでも母からの虐待の被害を少なくしようと、物を置かないようにしていたけど……

その習慣がまだ抜けずに残ったんだな。

「翠は気にせず好きなようにしていいよ。ちゃんと翠の部屋もあるし」

丁度使っていない部屋があったから、そこを翠の部屋にしよう。

僕の部屋の隣りだけど、別にいいよな?

「ありがとう! あ、今日はもう晩ごはん食べたの?」

「あぁ~……まだだわ」