「わたしはずっと母子家庭で、お母さん死んじゃって行くところないの」

「親戚とかは? 引き取ってもらったりとかないの?」

僕は少し声を和らげて訊ねた。

すると翠は首を横に振って言った。

「わたしはみんなに嫌われてるから、遠慮して一人で出てきちゃった」

……あんま深く聞かないほうが良さそうだな。

そう思って黙っていた。

「だからもちろん仕送りとかもないし、住むとこもないから今はホテル暮らし」

ほとんど無一文で飛び出して来ちゃったから、とわざと明るく振舞っていた。

それで金が要るのか。

でもだからって……

「だからってそんな簡単に身体売っていいのかよ」

「……わたしだって出来ればやりたくない」

じゃあ何で――! そう言おうとした僕を遮るように翠が口を開く。

「でもやらなきゃ生きていけないじゃない! 仕方ないじゃない!!」

さっきまでの強気な態度とは違って、今度は目に涙を浮かべて言った。

確かに僕に口出しする権利はない。

そして僕はこの仕事を否定しているわけでもない。

生きるために日々必死に、誰よりも強く生きる彼女たちを僕は格好いいとさえ思う。

でも君はだめだ!

君だけはだめなんだ!

自分でも分からないこの感情を翠にぶつけるように言葉を吐き捨てた。

「っ勝手にしろよ!」

背中を向けて店に戻った。

入ってすぐのところで立っていた店長が僕に言う。

「あの子には明日から働いてもらう。……いいか」

きっとさっきの会話が聞こえたんだろう。

僕がやめてくれと言えば店長なら頷いてくれるかもしれない。

でも僕はそれをしなかった。

「僕には関係ないことです」

店長はそうか、と一言呟いて奥の部屋へ行ってしまった。

……そうだ。 僕には関係ない。

どこで何をしようが、それは翠の決めることなのだから。

さっきの僕の態度はまるで八つ当たりだ。

翠、怖がってたな。