「あっあ……あああああ、あああ……!!!」
「あやたん」と言おうとしているのに「あ」しか出てこない。僕の口は「あ」を発音する形のままで固まってしまった。
「違います。あやちゃんじゃないです。……あっ、やっぱあやたんでいいです。いえ、あやたんですよ! ね、優しそうなお兄さん、あやのお願いきいてくれるよね? あや、怖いおじさんに追っかけられてるの! なぜなら可愛いから! だから、助けてくれるよね!?」
胸の前で手を組んで、「お願い」のポーズ。小動物のようなうるんだ瞳。
なんという二次元的。しかしあやたんがやればイタさは皆無で愛くるしさしか残らない。
訳が分からないが、彼女に男のロマンベスト10にランクイン必至のポーズをされて首を横に振れる男は男じゃない。
「あやたん、僕が、僕が君を守ってあげる!」
僕は鼻息荒く、高らかに宣言した。あやたんの肩に手をおくのもその勢いからおかしくはないだろうが、僕みたいなキモオタが、こんな可憐な美少女に触っていいはずがなく、上げた腕をそのまま下ろした。
「ボッコボコにしてやんよ!」
息を切らして姿を現した男相手に身構えた。男は真っ黒いスーツの下に着たシャツをはだけさせ、胸元から刺青がこんちにはしている。
スキンベッドに浮かぶ汗とサングラスが太陽に光り、さっきの威勢はどこへやら僕の心は早くもひび割れたビー玉状態だ。覗き込めば「お願い」のポーズをしたあやたんが逆さまに映る。
――――どうみてもその筋のお方です本当にありがとうございました。
「死ね!」
黒服の男がそう叫んだと思うと、左頬に衝撃を感じた。僕はそれがなんなのか理解する前に、生まれて初めてのブラックアウトを経験した。