佳奈子は、さっきまで名前も知らなかった人に名前が付いたことが、また嬉しくなってきた。一方通行だった扉が開通したような気持ちになった。
 「勘違いするなよ」
 「なにを?」
 「おまえ、なんか危なそうだったから、ちょっと心配になっただけだよ」
 「あら」
 「あら、じゃないよ。ケイタイに俺の着信履歴の番号残したままで、飛び降りでもされたら寝覚めが悪いし、いらんことに巻き込まれても迷惑なんで、ね」
 「そんな馬鹿なことしませんから」
 「どうかな。おまえ、かなりクレージーだからな」
 「失礼な」
 「登校拒否の引きこもりだろうが」
 「違います」
 佳奈子は半分当たってるなあと思いながら、即答した。
 だいたい、本物の不登校の引きこもりに、そんなことを言うのは素人のすることだ。
 もしかしたら、それだけで死にたい気分になってしまうかもしれないし。
 
 「おじさん、頭悪そう」
 「誰がおじさんや、あほ女」
 「声のイメージからしておじさんっぽいし。ああ、そうか。デリカシー無いから彼女に逃げられたんですね」
 「ほっとけよ。もうムカついた、切る」
 「おじさんにも癒やしが必要ですね」
 「いらんわ」
 ユウスケは本気でムカついていたが、だからと言って、すぐさま電話を切ろうとも思わなかった。
 このどうでもいい相手に、何の気遣いもなく悪態がつけることにちょっと快感を覚えていた。この関係は、これから築いていかなければいけないような大切なものでもない。相手にどう思われても別に一向に構わなかった。仮にここで関係が終わってしまって、永遠に途切れてしまっても困らない相手である。