地下鉄が遠くで発車のベルを鳴らしている。
 佳奈子は、それをベンチに座ったまま聞いていた。
 これで、もう、二台目の地下鉄を乗り過ごしたことになる。
 次の地下鉄に乗らなければ、0時限目には完全に遅刻する。
 それが分かっていても、時間ぎりぎりになるまで、佳奈子には、その最後の地下鉄に今日は乗れるのか、乗れないのか、自分でも分からなかった。
 学校が嫌いなのだ。行きたくないのだ。
 勉強が分からないわけではない。友だちが居ないわけでもない。
 誰かに嫌がらせをされている訳でも、無視をされている訳でもなかった。
 ただ、この制服を着て、あの学校の門をくぐることが嫌だった。
 夕方になるとものすごい睡魔に襲われ、朝が来るまで死んだように眠る。
 そして、朝が来ると、今度はものすごい吐き気に襲われる。
 毎日が、その繰り返しだった。
 佳奈子にできることは、その現実から、いかに自分を遠ざけて生きるか。
 自分の気持ちを騙してどこまで誤魔化してやって行くかしかなかった。
 
 この状況は、高校に入学して間もなく始まった。
 最初は、慣れない通学のせいだろうと思ったりもした。
 満員の地下鉄でぎゅうぎゅうに押されていくことで精神的にも肉体的にも疲れ果てるのだろうと思った。だから、そのうち少しは慣れるだろう、そうに違いないと言い聞かせてみた。ところがその症状は、ただ日に日にひどくなるばかりで、少しも慣れない。
 もちろん、家族にも話してみた。でも、誰もまともに打てあってはくれない。
 みんな、それぞれに忙しいのだ。そして、口をそろえて、そんなことは誰にでもあることだと言う。みんながみんな、こんな状態で毎日通学しているなんて、そんなにまでして行く高校にどんな意味があるのか、今の佳奈子には理解できなかった。