静かにお酒を楽しみに来た筈が、何故かしっくり来ないのだ。
いや…、他の事へと思考が飛んでいるのだろうか――
「久々だな、そんな顔をする稲葉くんを見るのは。
なんか心境の変化でもあったか?」
「フッ…、いつも通りですよ」
「その割には、酒が進んでないな?」
マスターの鋭い一言に苦笑して、問い掛けを濁してしまった…。
路地裏に面した此処は、趣のある佇まいの隠れ家的バー。
健全に上手い酒を楽しめて、なおかつ誰にも気にせず1人の時間を持てる場所。
確かに騒いで飲む事も好きだが、そんな場所では女も絡んでくるから酒は楽しめない。
美酒こそ、静かに、ゆったり、落ち着いて――
此処は、唯一1人きりで訪れている大切な店なのだ。

