人の気配はしなかったはずなのに。
それほどまでに気が緩んでいたのか、それともコイツのせいか――…。
「格下相手にやられたらしいな?」
闇のような黒い瞳はまるで闇のようで、氷のように、冷たくて―――。
ゆっくりと近づいてくるその男から逃げるように、私は思わず後ろへと後ずさった。
「しかも傷なんかつけられやがって……お綺麗な顔が台無しじゃねぇか?」
「…………触るなっ!」
男の指先が頬へと触れた瞬間、言いようのない嫌悪感で肌が粟立つ。
これ以上この場所にいるのが怖くて、私は急いでその場から逃げ出した。
足がガクガクと震える。
呼吸も不規則に繰り出される。
ちらりと振り返った瞬間、千景は捕食者のように瞳をギラつかせて私を見つめていた。
「―――そういえば、腰の疼きは苦しくねぇか?」
走っていた私に奴の悪魔の囁きは届くことはなく。
腰の紋様が熱く、疼いていたことも、私に知る由はなかった。
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