「あれ、陽生坊ちゃん?」
その時、懐かしい声に呼び止められて、俺は足を止めた。
ちょうど廊下の真ん中まで差しかかった時だった。
「ああ、仁(じん)さん」
懐かしい笑顔を向けられて、俺は思わず振り返る。
「帰ってらっしゃったんですか?」
そう言って、珍しいものを見るように近づいてきたのは運転手かつ、執事の村井仁さん。
俺が子供の時からここで住み込みで働いている今年で60才になる人だ。
仕事でほとんどいない親父の変わりにこの家をずっと守ってきてくれた貴重な人。
むしろ、ここの裏ボスだと言ってもいい。
「ああ、ちょっと親父に用があってね」
「旦那様に、ですか?それは珍しいですね」
「それより親父帰ってきてるよね?今朝秘書の神埼さんにも確認したらこっちに戻って来てるって言ってたから」
「ええ、旦那様なら帰ってきてますよ。先程食事を終えられた所ですから」