「ま、兄貴がここに来た時点でそんなことだろうとはうすうす思ってはいたけどな」
「なら交渉成立だな。別に一通りの挨拶が終わったらすぐに帰ってもらって構わないから」
そう言うと、おもむろに腕時計に目をやり、ゆっくりと椅子から立ち上がろうとしたお兄さん。
「そんな訳で、よろしく頼むよ」
急に笑顔を向けられ、少し慌てる私。
あ、笑うんだ…
その場から立ちあがろうとした瞬間、突然隣から陽生の携帯の着信が鳴り響き、私は動きを止めた。
すると、陽生はすぐにそれを耳に当てがり、私の頭を一撫でしたあとなぜか申し訳なさそうにリビングの方へと消えてしまう。
「それじゃあ俺はそろそろ失礼するよ」
「えっ?」
「実はこれからまた会社に戻らなきゃいけないんだ。下で秘書を待たせているからね」
「あ、はい…」
そんな陽生をよそに、軽く言葉を交わしながら玄関に向かった私達。
……やっぱりちゃんと見送るべきだよね?
リビングに消えてしまった陽生を気にしつつ、私はお兄さんの後をついていく。
一人、靴を履く後姿を眺めていると、ふいにお兄さんがこっちに振り返った。



