男が思いだしたように陽生を見る。
「えっ……」
その言葉に一瞬、思わず顔を上げそうになったけど、それを遮られるように陽生に頭を強く胸に押さえつけられてしまった。
……婚約?
「そんなことよりも、いいんですか?そう言えばさっきホテルのロビーで紗枝さんらしき人がいたような……」
「は?紗枝が?なんで?」
「さぁ、俺もそこまでは、でもなんか見知らぬ若い男性と一緒にいましたよ」
陽生のしれっとした声が胸から響いてくる。
相変わらず頭は強く押さえられたままで、身動き一つできなかった。
「なんだか寄り添って仲良さげな感じでしたけど、いいんですか?ひょっとして今頃……」
「な、なんでそれを先に言わない!」
「何でって……ふっ、案外奥さんの方が一枚も二枚も上手だったりして」
「!?」
さらに男の焦った声が聞こえてくる。
そしてそのまま「ロ、ロビーだな」って叫びごえが聞こえたと思ったら、あっという間に足音が遠ざかって行った。



